コロナ禍の不安定な状況が続くだけでなく、ロシアによるウクライナ侵攻など、世界情勢が大きく揺らいでいます。社会が困難に陥った時、弱い立場にいる女性や子どもたちへ暴力の矛先が向かってしまう現状があります。
私たちができることはなんでしょうか?困難を抱える方々への支援に携わる専門家2人のコラムをきっかけに、ぜひ、家族や友人などと話し合ってみてください
ここ3年あまりコロナ禍が続く中、私達の生活は、学校、仕事、日常生活、人との関わり合いなど、あらゆる場面で生活スタイルの変容を余儀なくされてきました。
新型コロナウイルスへの感染防止のため、多くの人がステイホームとなり、在宅でのテレワークが取り入れられ、授業もオンラインが導入されるなどしました。人との対面によるコミュニケーションや関わりの機会が大幅に減少させられ、子どもたちは成長・発達にとって必要な様々な体験の機会を奪われています。
また、いやおうなしに家族でともに過ごす時間が増えたことにより、暴力や虐待といった問題を抱えていた家庭では、暴力や虐待がさらに深刻化しました。あるいは大事にならないように気を遣っていた加害者との関わりが増えたことで収まりかけていた暴力が再燃したり、加害者の失業や経済的困窮等のストレスの増加により暴力に至ったりするケースもあります。他にも、親からの虐待に耐えきれずに若年者が家出をしたり、SNS等を通じた出会いから性的被害にあったり、子育てと両立させるために性風俗の仕事に就かざるを得なかったり…。社会的に脆弱な立場にある女性や子どもにより深刻な影響が及んでいます。
コロナ禍による生活不安やストレスから、DVの増加や深刻化が懸念され、いち早く民間の全国女性シェルターネットが要望書を出したことなどから、内閣府は、令和2年4月、配偶者暴力相談支援センターによるDV相談に加え、新たに「DV相談+(プラス)」の相談を始めました。
DV防止法を根拠とする配偶者暴力相談支援センターに寄せられているDV相談の件数は、法施行以来、年々増加し、コロナ禍の前年の令和元年には約12万件の相談に及んでいましたが、令和2年には約13万件になりました。これらの相談に加え、5万件を超えるDV相談+(プラス)への相談があり、令和2年は併せて18万件を超えるDV相談件数となり、前年の1.5倍に増えています。
DV相談+(プラス)は、24時間365日対応の電話相談とSNSを利用したオンライン・チャット相談、メール相談という複数の相談手段で行われています。「令和3年度前期DV相談+(プラス)事業における相談支援の分析に係る調査研究事業報告書」によると、夜間や土日祝日の公的機関の対応時間外の相談が多く、それぞれの特性を活用した相談者のニーズへの対応がなされていると分析されています。相談対応件数は月3,000件を超え、その7割が電話、オンライン・チャット(SNS)が2割、メール相談が1割弱です。9割以上が本人からの相談となっているようです。
また、全国一律のホットラインであり、既存の配偶者暴力相談支援センター等の相談機関や居住地域の相談支援機関につながらなかった方たちにも利用されており、オンライン相談も取り入れることで、若年層を含むより幅広い方への相談の対応ができているようです。
基本的には各地域の配偶者暴力相談支援センターや警察、地方公共団体の相談支援担当などの継続的な支援ができる支援機関に相談者をつないでいます。リスクの高い緊急・困難なケースについては、DV相談+(プラス)のコーディネーターが相談者に連絡をとって状況を確認し、相談者がいる地域の支援者や支援機関等に直接連絡をとって確実につなげるという「つなぎ支援」の提供も行っています。私が理事長を務めているNPO法人いくの学園でも、DV相談+(プラス)経由でつながり、相談者の方に具体的な支援を提供することになったケースもありました。
それぞれの相談者が自分にとってアクセスのしやすい相談窓口から相談機関につながることができ、その方のおかれた状況に応じた、当事者のニーズにしっかりと寄り添ったきめ細かな支援の提供と切れ目のない継続的な支援をしていくことが大切です。また相談者の安全に注視しつつ、「逃げる」「逃がす」だけではない柔軟かつ丁寧な支援の提供がいま求められているように思います。
暴力の相談は、交際相手や配偶者からの暴力に関する相談が多いことはもちろんですが、きょうだいや両親、祖父母からの暴力といった相談もあります。
最近は、とりわけ若年層で生命の危険の伴う身体的暴力や性的暴力を受けているケース、あるいは人格否定の暴言を吐かれ、経済的に収奪されている女性が増えているように感じています。
今年5月、「女性支援法」(正式名「困難な問題を抱える女性への支援に関する法律」)が成立しました。DVや性虐待などの家族からの暴力、性暴力、性的搾取、離婚、貧困、心身の疾患、障がい、居場所の喪失、社会的孤立、予期しない妊娠・中絶・出産、孤立した子育てなど、様々な困難を抱えている女性たちを支援するための法律です。
基本理念として
①当事者の意思の尊重
②発見、相談、心身の健康の回復のための援助、自立して生活するための援助等の多様な支援を包括的に提供する体制の整備
③関係機関や民間団体との協働
④切れ目のない支援の実施
⑤人権の擁護や男女平等の実現
が掲げられています。
今後、この法律が施行される令和6年4月までの間に、国の基本方針、各都道府県や各市町村での基本計画が定められ、「女性相談支援センター」を設置し、専門の女性相談支援員を配置するなどの体制整備が行われることになっています。
我が国で大きく立ち遅れている「女性福祉」の分野が大きく前進できるよう、実効性のある体制を整備することが喫緊の課題です。
女性共同法律事務所所属。女性に対する暴力の分野を中心に活動をしている。NPO法人性暴力救援センター・大阪(SACHICO)理事、NPO法人ヒューマンライツ・ナウ理事。
今年2月24日に始まったロシアのウクライナ侵攻後、1,300万人が住む家を失い、近隣の国を含め国外に移住したのが540万人、国内で移住したのが770万人といわれています。男性は今年始まった徴兵制により軍隊に入ったため、住む家を失った1,300万人の多くは女性や少女たちであり、ロシア軍からの暴力被害者になりました。そのため、国連は女性や少女たちの暴力被害の実態について調査を行いました。
この調査では、国連ウィメンが、国際的な人道援助活動を行っているNGO(Care International)の協力のもと、今年4月にウクライナの19地域の人々へのインタビュー等を実施し、5月に『緊急ジェンダー報告書』を公表しました。
この報告書では、ウクライナでジェンダー役割が変化していることを明らかにしています。多くの男性が失業し、主に軍人になっている一方で、女性たちは家庭の収入を得るために新しい役割と複数の仕事を引き受け、地域社会における人道的対応において重要な役割を果たしています。家族やコミュニティでリーダー的役割を果たしているにもかかわらず、女性は政治的および行政的な意思決定プロセスからはほとんど除外されています。そのような状況を反映するかのように、3月28日~4月18日の間、女性に対する暴力の相談の電話は1,515件かかってきており、子どもの誘拐も増え、特に女の子の犠牲者が多いことが報告されています
ロシア軍によるウクライナ女性に対する性暴力がロシア軍侵攻地域では頻繁に起こっています。首都キーウ近郊のブッチャでは、14歳の少女を含む25名の女性が地下室でロシア兵に強姦されたという報告がありました。また、避難している地下室は爆弾の保管所になっていることが多く、安全ではないため、アパートの階段などで寝る家族もいる状況だそうです。
4月7日には、国連のプラミラ・パッテン紛争下の性的暴力担当国連事務総長特別代表と、シマ・バホスUN Women事務局長が性暴力疑惑の迅速な調査を求め、女性と女児を保護するための措置の強化を呼びかけました。
この侵攻が起こる前から、平成26年に起こったクリミアのロシア併合以降、ロシアに近い東部の州では、もともと、女性に対する暴力の頻度が高いという調査結果が出ています。
西の隣国モルドバは、大統領、首相が女性で、女性の政治参加率が高く、ウクライナ難民を多く受け入れています。ポーランドに避難する途中でロシア軍から性的暴力を受けて妊娠した女性は、ポーランドが中絶を認めないキリスト教国であるため、中絶可能な他国を探すという厳しい状態にあります。
ロシアによるウクライナ侵攻が始まって、半年経っても、停戦の方向には動いていません。国連ウィメンはウクライナ支援キャンペーンとして募金活動を行い、日本の皆様をはじめ12か国で集めた募金は、戦争の深刻な影響を受けた13,000人以上の女性たちへ下記のような支援を行いました。
●10,900人の女性への食料、水、シェルター、医薬品、衛生用品キットなどの緊急人道支援
●1,650人の女性への戦争によってもたらされたメンタルヘルス危機を乗り切るためのカウンセリングなどの心理・社会サポート
●890人の女性の保護や社会・経済サービスに関する情報のアクセス支援
●910人の女性への法的扶助/啓発の支援。この支援により保護の申請がしやすくなり、紛争がらみの性暴力のケースも訴えられるようになりました。
●680人の障がい女性、障がい児を世話する女性への緊急救命人道支援
十文字学園女子大学名誉教授。2000年北京+5国連特別総会日本代表団顧問、2011-2017年国連女性の地位委員会日本代表、市川房枝記念会理事などを歴任。
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