「ただいま」「おかえり」が言える場所をつくる

シングルマザーシェアハウス

ideau(イデアウ)mitsuku(ミツク)

 シングルマザーや子どもたちが、自分の人生を前向きに生きられるように―。家探しに苦労する女性たちを受け入れ、就労支援なども行うシェアハウスが大阪市平野区にあります。運営する不動産会社「株式会社Peace Festa」の社長・越野 健さん、そして中学2年の娘とこのシェアハウスで暮らし、運営にも携わる安田 委久美さんに話を聞きました。

 

写真右:(株)Peace Festa社長 越野さん
写真左:住人で運営にも携わる安田さん

ーーー2019年から築56年の長屋をリノベーションした「ideau」(全5世帯)、2020年から近くの一軒家「mitsuku」(全3世帯)を運営。これまで13世帯の親子が共同生活を送ってきた。意外にも遠方からの入居希望が多いという。

越野さん 離婚を機に「今いる場所から離れて暮らしたい」と、一から仕切り直す場を求めて来た方が多いです。ほとんどが、これまで専業主婦やパートで働いていた方。以前の職場を退職されて入居された方には、仕事探しに専念できるよう、最初の2か月は家賃を低く設定しています。人材派遣会社や行政と連携し、正社員や安定した仕事に就けるようサポートしています。

安田さん 新しい土地で仕事を覚えたり、子どもの送迎をしたり。お母さんたちは慌ただしい日々を送っています。でも、子ども同士が一緒に遊んだり、他のお母さんが見ていてくれたりと、ワンオペで育児をしていた時よりも余裕ができたんじゃないかな。「何かあったら助け合おう」という思いは皆持っています。

「ideau」は、地域の交流拠点でもあるレンタルスペース「ぐるぐる そだつ ながや」に併設されています。イベント会場やシェアキッチン、研究スペースとして使われていて、子どもたちは、日々いろんな大人に出会っています。

ーーー元々、「料理人を志す人」「LGBT当事者」など、さまざまなコンセプトでシェアハウスを運営していた越野さん。2016年にシングルマザーから入居希望の問い合わせが来たことをきっかけに、今のシェアハウスの構想を練り始めた。

越野さん 「ずっと専業主婦だったから収入がない」「親が高齢で保証人が立てられない」。離婚後に子連れの女性が不動産を借りる、そのハードルの高さに初めて気づきました。せっかくなら、住まいとしての機能だけではなく、自己実現ができるポジティブな空間にしたい。僕はどのシェアハウスでも、共通認識を持った者同士でやるのがいいと考えています。まずコミュニティをつくり、そこから物件を探すという手法です。アイデアを募ろうと、早速シングルマザー約30人と座談会を開きました。そこで安田さんに出会ったんです。

安田さん その頃、私は離婚して半年で、常に娘と1対1の関係。少し煮詰まり、子育てがしんどいなあと感じていました。きっと娘もそうだったんじゃないかな。親子が気持ちを緩められる居場所をつくりたいと思っていたので、仲間に加わりました。

ーーー越野さんと安田さんは2017年から物件探しを開始。空き家となった長屋の再活用を模索していたオーナーと知り合う。地域に開かれた場を考えていたオーナーが、シェアハウスのコンセプトに共感。2人は設計段階から関わることになった。

越野さん 各個室にトイレと浴室を備え付けたり、団らんできる共有のリビングを作ったりと、オーダーメイドのシェアハウス「ideau」が完成しました。こんなことはなかなかないので、運がよかったと思います。座談会の参加者やSNSでつながった人たちが、次々と入居してくれました。

 離婚は身近な問題。常に問い合わせがあります。「ideau」が満室になったので、国の持続化給付金を活用し、知人の不動産屋から紹介を受けた物件で2軒目の「mitsuku」を始めました。

ideauの共有スペース

ideauで一緒に暮らす子どもたち

ーーー「ideau」は「出会う」、「mitsuku」は「見つかる」。どちらの名前にも、前向きな意味が込められている。それぞれ価値観や生活スタイルが異なる家族が集まる場だからこそ、大切にしてほしいとの考えがあるからだ。

越野さん 入居希望者には、必ず面談して前向きな人かどうか確認しています。ここでは互いに高め合い、次の目標に向けてステップアップしてほしいんです。生活にルールは設けていませんが、長く続けていくためにも、これだけは大切にしています。もし、支援が必要な方が来られた場合は、行政や関係機関につないでいます。

安田さん ここにいる子どもたちは保育園児や小学生。うちの娘は年が離れているので一緒に遊びはしないけれど、喧嘩の仲裁をするなど何かと気にかけているようです。小さな子と接することで成長しているのかな。「〇〇ちゃんママ、しんどそうやで」と他のお母さんのこともよく見ています。

 私もここで暮らして、気持ちが楽になりました。子どもたちが寝静まってからが、大人の時間。リビングに集まって、あれこれと話します。就活や保育園選び、これからの人生のこと…。以前は、落ち込んでも誰にも言えなくて、そんな様子を察した娘が私の機嫌を取ろうとして、罪悪感でいっぱいになることも。ちょっとした雑談でも、大人同士で話す時間が心の支えになっています。

ーーー近所づきあいが希薄な今、長屋という昔ながらの暮らしが、あたたかな輪を育んでいる。越野さんはこの界隈にもう数軒、シェアハウスをつくるつもりだ。

越野さん 「全部1人でやらなきゃ」。そう背負い込んできた人が、ここでは楽しいこともつらいことも分け合って暮らしています。シェアハウスから巣立った家族も、長屋に遊びに来てくれます。いつでもお互いに「ただいま」「おかえり」と言える、家族のような関係を築いていきたいです。

安田さん ここで過ごす中で、自分を縛り付けていた枠が外れた気がします。今はハウスの運営のほか、派遣の仕事、知人の飲食店の手伝いなどをかけもちしています。「生活のため」というよりも「いろんなことにチャレンジしたい」という気持ちが大きいんです。「シングルマザーだから…」と諦めず、自分らしい生き方ができればいいなと思います。

ideauの家族が集まってクリスマスパーティー

ひとり親の住まいの事情に詳しい葛西リサさん(追手門学院大学准教授)
 シングルマザー専門のシェアハウスは、全国にまだ約40軒しかなく、とても貴重な存在です。なかでも「ideau」は地域に開かれ、孤立を防ぐ体制が整っています。コロナ禍以前と比べ、シングルマザー向けシェアハウスのポータルサイトのアクセス数は、2倍以上になっています。何が起こるかわからない世の中で、1人で子育てをする不安から、コミュニティを求める人が増えているのかもしれません。

2021年10月号 コンテンツ

P.2-3

P.4

P.5

P.6

P.7

P.8

P.9

P.10-11

表紙

発行:大阪市市民局ダイバーシティ推進室男女共同参画課 編集:大阪市立男女共同参画センター中央館
指定管理者:大阪市男女共同参画推進事業体 (代表者:(一財)大阪男女いきいき財団)
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